ポリティーク第4号
本特集は90年代の新たな歴史条件のもとで出現したネオ・ナショナリズム思想とその運動に関する分析、とりわけ新自由主義政治とのかかわりに焦点を当てた検討を行う。ネオ・ナショナリズムの主張を単純に戦前回帰思考の復古主義とみなすことなく、現代日本のどのような社会的基盤と政治的条件のもとでそれが成立しているかを解明しようとしている。
90年代の新たな歴史条件とは、何よりもまず、アメリカの主導するグローバル資本主義の世界秩序(それはまた多国籍企業支配の秩序でもある)形成であり、この世界秩序が、大きくみて、20世紀をつうじて支配的であった国家像を揺るがし、国民統合の再編を促している。いわゆるグローバル化は、グローバリズムの信奉者が安易に主張するような国家の終焉を導くものではなく、ナショナルな統合のいっそう激烈な形態までもふくんだ、国民統合の世界規模での再編をもたらしており、各種の国家主義思想や歴史修正主義の出現もまた、この再編が引き起こした「応答」の一環にほかならない。言いかえれば、グローバル世界秩序の新たな形成は、国家・国民統合の「危機」を世界的規模で生み出している。
日本にそくして考えると、この新たな世界史的条件のもとでの国家統合の課題は、同時に、企業社会秩序を支えてきた国家統合のあり方をどう組みかえるか、という課題となって現れる。企業社会システムの再編は新自由主義国家理念とこれにもとづく政策にそってすすらめれているが、そうした再編はまた、国家統合、社会統合の新しいあり方を不可欠のものとして要求する。
ここで重要なことは、新自由主義政策が「強い統合」とこれにもとづく秩序を要求するという事実である。強いリーダーシップによる上からの統合と民主主義の否定(効率的統治の実現)は新自由主義の理念に適合的であり、君が代・日の丸の法制化や教育改革国民会議の改革構想など、これまで反動思想の文脈で扱われ、実際そうした思想として展開されもしてきたトピックが、支配層の手により相次いで政治課題として提起されてきたことは、その意味で唐突とはいえない。要するに、国家・国民統合をめぐる新たな状況が出現しているのであり、ネオ・ナショナリズムの影響力拡大も、この状況と無縁ではない。
もちろん、新自由主義的な国家像と保守思想の権威主義的国家観、「新しい歴史教科書をつくる会」、石原東京都知事の国家主義などのあいだに相違があることは当然であり、それらがひとつの統一的な国家像や国家統合構想に収斂するという単純な推測が成り立つわけではない。しかし、それにもかかわらず、国民統合の新たな枠組みを支配層に必要と感じさせる共通の歴史的地盤のうえで、それらの動きが生まれていることは確かだろう。
本特集では、ナショナルな統合をめざすこのような動きについて、いくつかの側面から批判的に分析し、新自由主義「構造改革」が進行し企業社会統合の再編が激烈にすすんでいる状況下で国民統合の諸イデオロギーがどのような性格をもちどのような役割を担っているかあきらかにしたい。とりわけ、新自由主義「構造改革」に対抗する課題と、新たな国民統合をめざすネオ・ナショナリズムに対抗する課題とは統一的にとらえられる必要がある。両者の関係を、思想と理念、政策、政治実現に照らして究明することが急務であり、また、各種の国家主義的な主張が支持をえる社会基盤についても綿密な検討が必要となっている。
ミニ・シンポジウムのかたちでこれらの課題に迫るとともに、教育改革構想に焦点を当てた新自由主義と新国家主義の関係、ネオ・ナショナリストの国家思想、石原慎太郎と権威主義的ポピュリズム、ネオ・ナショナリズムを支える社会・意識基盤などについて論究を加えた。また、徐京植氏へのインタビューでは、現代日本におけるナショナルな意識の問題点があきらかにされている。
有事法案審議など軍事大国化への急激な体制作りが進行する状況で、今回扱いきれなかった主題、トピックは数多い。不審船銃撃事件など、この間の「国益」「国防」をめぐる問題群が排外主義的に扱われている状況にも注意が必要である。また、9.11以降の「反テロ」戦争によってもたらされた、ナショナルな統合にかんする実践的・理論的諸問題の数々も論じ残されている。それらについて議論を深め、新自由主義的国家・国民統合の推進とこれを支える各種の国家主義に対抗するために、本特集が一助となれば幸いである。
論点1……国家統合と新自由主義改革
論点2……日本のナショナリズムの特質と新たな展開
安田浩 + 中西新太郎 + 渡辺治 + 後藤道夫
新自由主義的な理念、政策にそった国家構想の性格、特質をあきらかにするとともにナショナリズムとの関係を検討する。君が代・日の丸法制化、教育改革などに現れた国家統合の様相と特徴を全体的に解明する。
特集 論説
現代国家論の一断面――佐伯啓思の国家主義によせて(渡辺憲正)
戦後日本の保守主義国家観を念頭におきながら、90年代ナショナリズムの一典型といえる経済学者佐伯啓思の主張を、その資本主義論もふくめて批判的に検討する。
権威主義的ポピュリズムとその基盤(進藤 兵)
「三国人」発言などの国家主義的言辞が物議を醸しながら、なお高い人気を保つ石原慎太郎を対象として、東京都政の問題をふくめて批判的に分析する。
新自由主義国家体制への転換と暴力の水位(中西新太郎)
現在進行している国家統合、社会統合を支える社会的基盤について、「社会暴力」の性格や青少年層に顕著な「無力性」の検討などをつうじて論及する。
現代日本の新自由主義と新国家主義――教育改革を素材にしつつ(二宮厚美)
錯綜する教育改革論議のなかで出現してきた国家主義的主張の特質と意味とを、新自由主義改革との関係であきらかにする。
インタビュー
【現代社会運動の経験】歴史主体論争と国家思想(徐京植)
インタビュアー 中西新太郎
連載
【日本政治の現在】有事法制登場への道――いまなぜ有事法制か(渡辺治)
【日本経済の現在】構造改革のなかの混迷するデフレ対策(二宮厚美)
【思想の現在】ブレア労働党政権の「第3の道」(岡田章宏)
ブックレビュー
【現代日本を読む】現代日本のネオ・ナショナリズム
――受容基関連を中心に(柳沢遊)
【社会科学の古典を学ぶ】現在の課題としての「社会的自由主義」
――ホブハウス『自由主義論』の現代的意義(吉崎祥司)