ポリティーク第5号
本特集は、戦後の「開発主義国家」および「開発主義国家体制」(=開発主義国家+企業主義統合)について、その歴史と構造、さらに、現在進行中であるその解体過程を概括的に明らかにすることを企図したものである。対象とされるのは、激しい国民経済成長主義の国家政策をとり続けた戦後日本の国家システムであり、さらに、それと一体になって作りあげられてきた独特の政治関係、経済体質、企業体質、労使関係などである。
「開発主義」という言葉は、その概念内容についても、またその歴史的推移の理解についても、十分な共通理解が成立しているものではない。それにもかかわらず、あえて特集テーマとしたのは、現在の「構造改革」が破壊しようとしているものを大きくとらえるためには、「開発主義国家」概念を用いた日本社会分析が不可欠と考えたからである。
第1に、開発主義国家は福祉国家と対比されてとらえられる必要があろう。両者はともに大衆社会統合を担う国家の類型と考えられるが、欧米の新自由主義改革が破壊対象としたものは福祉国家型の諸制度であり、同時に、強力な産業別労働組合を軸とした、それを支える社会諸関係であった。これにたいして、日本の「構造改革」においては、福祉国家的諸制度の破壊は目標の一部にすぎない。日本のジャーナリズムが「構造改革」によって処理されるべき課題とみなして、スローガンのように繰り返してきたものを部分的にながめるだけでも、このことは了解できよう。いわく、「膨大な官僚規制」、「官僚の強い裁量権限」、「官庁の縦割り行政」、「政・官・財癒着」、「自民党の利益誘導政治」、「護送船団方式」、「業界横並び体質」、「巨額の財政投融資による民間金融の圧迫」、「官僚天下りのための特種法人」、「地方の公共事業依存、補助金依存体質」等々。これらは開発主義国家と関連づけたほうが理解しやすい。
破壊対象の中心が開発主義国家であるため、「構造改革」への国民の支持は広い。政治的左派や戦後民主主義の系譜を引く市民派も、開発主義国家には強く批判的だったからである。開発主義国家は、その権力ネットワークの傘下以外の人々にとっては、著しく非民主的で不透明な存在であった。だが、注意すべきなのは、こうした国民的な開発主義批判が福祉国家的諸制度の攻撃へと流し込まれていることである。開発主義は解体すべきだが、福祉国家的制度は維持・発展すべきものだろう。この両者を個々の社会領域で正確に区別するためにも、戦後開発主義国家の国家介入とそれを前提した社会関係のありようについて、福祉国家との対比における包括的な理解が必要となる。
第2に、高度成長期以降の開発主義国家がもつ二つの側面──キャッチアップをはかる「後発資本主義国」の国家としての特性、および、世界第二位の生産力をもつ独占資本主義国の介入主義国家としての特性──を、統一的に把握する必要があろう。近代化をはかる開発独裁国家の不愉快な市場介入の名残を一掃すれば、自律的な市場と市民社会が生まれるだろう、という類の誤解(あるいはイデオロギー)は広く普及している。これは後者の特性を無視した見方といえよう。前者は解体され、後者は再編成される可能性が高い。開発主義国家の構造とそこへの攻撃の実態を明らかにすることによって、これから生まれようとする新たなタイプの巨大な介入主義国家(多国籍企業支援型「国家独占資本主義」)を考えることも可能となる。
第3に、開発主義国家体制の下では経済成長主義、企業主義、効率主義が奇形的に膨張し、それに対抗してバランスをとるべき社会的諸力は極小化され続けてきた。現在は、権力ネットワーク内部の分派争い(「抵抗勢力」と「構造改革派」)が目立っているが、それは、対抗関係のこうしたありようの下でその解体過程が進行するからである。福祉国家的要素の削減にたいする労働組合側の抵抗の弱さ、低効率部門保護の解体への対抗が自民党の内部闘争へと吸収されやすい構造、地域開発主義と補助金支配を通じた地方保守派のスポイルなど、開発主義国家体制が形成・蓄積してきた社会的・政治的対抗関係の正確な理解は、重要な課題であろう。近年の地方保守派の分解傾向を理解する一つの鍵もここにある。
第4に、開発主義国家体制のトータルな把握は、明治以来の上からの資本蓄積と近代化の強行過程の全体像、敗戦と戦後改革の理解、高度成長期以降の巨大な生産力を前提した独自の国家独占資本主義類型の構築など、広範な研究領域と論点に密接に連なるものとなり、日本の実態に即した近代化批判、近代批判の新たなパースペクティブをもたらす可能性があろう。
概括的な問題提起がなされるよう企画に配慮したが、もとより、本特集であつかえるのは、こうした諸課題のごく一部にすぎない。議論の出発点となれば幸いである。[後藤道夫]
第1部……開発主義とは何か
第2部……臨調行革以降の開発主義とその解体圧力
暉峻衆三 + 進藤兵 + 渡辺治 + 後藤道夫
特集 論説
開発主義国家………後藤道夫
ヨーロッパの「福祉国家」と資本主義………田端博邦
「国土」に充たされていく開発―戦後復興期の開発ナショナリズム………町村敬志
「開発主義」政策と大蔵省………伊藤正直
インタビュー
【現代社会運動の経験】日本の農政と農民連の運動(小林節夫)
インタビュアー 村田武 + 後藤道夫
連載
【日本政治の現在】いまなぜ教育基本法改正か?(渡辺治)
【日本経済の現在】賞味期限切れ改造内閣発足と日本経済の大混乱(二宮厚美)
【思想の現在】「環境思想の現在」 環境思想に何が問われているか(戸田清)
ブックレビュー
【現代日本を読む】フリーター・青年の移行(トランジッション)期問題をめぐって(平塚眞樹)
【社会科学の古典を学ぶ】市場批判の射程を生かす
――ジェンダー視点とつなげて読む『資本論』第1巻第21章「単純再生産」(後藤道夫)