若者の逆襲
ワーキングプアからユニオンへ
昭和女子大特任教授。1944年福岡県生まれ。東京理科大学工学部・法政大学社会学部を卒業し、75年法政大学大学院社会学専攻修士課程修了。2003年昭和女子大学教授、10年より現職。専門は現代社会論、労働社会学、女性労働論。最近は、若者の非正規雇用、格差問題を重視。主な著書に『日本人の賃金』(平凡社新書、1999年)、『格差社会にいどむユニオン-21世紀労働運動原論』(花伝社、2007年)、『なぜ富と貧困は広がるのか―格差社会を変えるチカラをつけよう』(旬報社、2008年)など。
◆はじめに
「今時の若い者は」という言い方は、古今東西いつの時代にもありました。それは若者の純粋さや未熟さからくる行為に、上の世代が違和感を感じてのことだと思います。しかし、現代日本社会で、同じような感情から若者をみるとするならば、それは現実を見誤ることになるでしょう。若者とその上の世代とのギャップは、意識の問題ではなく、働き生活する客観的基盤の大きな「断絶」からきているからです。
非正規雇用の働き方で、自分の生活をなりたたせなければならない若者たち、正社員なのに過酷な労働を強いられる若者たち。二〇〇〇年代以降、この「断絶」は広がり、深まっています。
二〇〇六年から、突如として巻きおこった若者の異議申し立ての運動は、日本の労働社会の大きな変化から生まれたのです。「反貧困」・「反格差」をもとめるこの運動は、規模や水準は違いますが、緊縮財政政策に反対するヨーロッパの運動や、「ウォール街を占拠せよ」の標語のもとで起きたアメリカの若者の運動とも共通するところがあります。
この「新しい運動」の登場や、民主党新政権の誕生は、人びとにいくらかの希望をもたらしたように感じました。しかし、民主党政権は動揺し、自壊しつつあります。人びとは再び時代閉塞感を強めているように思われます。そして、この閉塞感を利用して、過激な新自由主義勢力が台頭しつつあります。
ユニオン運動はこの時代の転換点にたって、いかなる構想力をもたなければならないのか。それは、若者を中心にした働く者の世界に何が起きているのか、そして「新しい運動」はどのような意味をもっているのか、これらを分析することをつうじて理解されると思います。
この本は次のように構成されています。第1章は、一九九〇年代から二〇〇〇年代にかけて戦後日本の労働社会に生じた激変を、時代の経過にそいつつ、若者の貧困と過酷な労働に焦点をあてて分析しています。第2章は、その貧困や過酷な労働を克服するために、社会労働運動がきちんと戦略をたてる必要にいま迫られていること、それは、福祉国家とジョブ型労働市場の形成という方向にあることを示しました。第3章と第4章は、その方向に向かっていくためには、これまでの運動を根本的に改革する必要があることを検討しています。
本書では三人の若者と四つの団体の発言を文中に入れています。どんなに貧困で過酷な労働のもとにあっても人びとは立ち上がりません。三人の若者はワーキングプアからユニオンにたどり着いた少数者です。四つの団体は、「新しい運動」の一翼を担って運動をすすめた団体のリーダーです。ここでの発言は個人的なものであり、団体を代表してのものではありません。四団体についてここで紹介しておきます。
●首都圏青年ユニオン
二〇〇〇年に、パート・アルバイトなど不安定雇用の青年たちが中心となって結成された労働組合です。文字どおり若者を対象にしたユニオンです。つねに若者の現実をリアルに捉え、とくに貧困問題と労働問題とを結合して運動を進めています。「反貧困たすけあいネットワーク」にも積極的に参加しています。
●東京東部労組
一九六八年に結成された地域合同労組です。労働相談活動では定評がある組合で、グーグルの労働相談の検索ではトップクラスにランクされています。若者を対象にした組合ではありませんが、二〇〇九年の大会で選出された委員長の菅野存さんと、書記長の須田光照さんはともに三〇歳代です。ユニオン・リーダーが若者ということです。
●NPO法人「POSSE」
二〇〇六年につくられた若者を対象にする労働NPOです。労働相談活動を軸に労働法を社会に普及させる取り組みや、東日本大震災の復興のためのボランティア活動、年四回発行の雑誌『POSSE』の刊行などの活動をおこなっています。代表は二九歳、編集長も二九歳、事務局長は二五歳という、若者による若者のための労働NPOです。
●NPO法人ガテン系連帯
二〇〇六年に結成されました。私が共同代表をつとめていますので若者の団体とはいえません。しかし、参加している人の多くは若者です。派遣労働者がすぐに労働組合に入れなくても、それを支援していく揺籃のようなものをめざし、また、派遣労働の実態を社会的に訴えるためにつくられました。派遣切りにあって多くの会員が派遣の現場から追われました。
1 若者を犠牲にした雇用政策
(1)バブル崩壊と労働市場の流動化
(2)「非正社員化」という差別化戦略
(3)若者バッシング
2 派遣労働の変容と派遣労働者の闘い
(1)「派遣奴隷制」
(2)製造業は研の現場
(3)製造業派遣の闘う若者たち
3 若者の貧困─家計自立型非正社員
(1)非正規雇用で生活を成りたたせる
(2)非正規労働者の貧困の根源
(3)非正規雇用の増大がもたらす社会問題
4 若者の過酷な労働─周辺的正社員
(1)「なんちゃって正社員」
(2)「名ばかり管理職」と過労死
(3)「ブラック企業」現象と労働水準
(4)人事労務管理の新段階
第2章 貧困・過酷労働と闘う社会労働運動―新たな福祉国家とジョブ型労働市場の提起
1 立ち現われた課題・時代が求める課題
(1)高まる期待と日本の行方
(2)おおう閉塞感と新自由主義の再登場
(3)大きな展望に向けた小さな課題(シングル・イシュー)
2 反貧困から福祉国家へ
3 貧困と過酷労働を克服するジョブ型労働市場
4 財源問題の労資対抗
第3章 立ち上がる若者ワーキングプア―面白くて楽しい運動へ
1 ワーキングプアから若者ユニオンの担い手へ
(1)ワーキングプアという谷底へ
(2)ワーキングプアの仕事
(3)立ち上がれない若者たち
(4)ユニオン運動との遭遇
2 立ち上がる少数者
(1)立ち上がれない精神状況
(2)服従から敵対性の自覚へ向かう通路
(3)信頼できる「言説的他者」の存在
3 面白くて楽しい労働運動と若者の成長プロセス
(1)自己の精神的解放
(2)他者との関係での自己の成長
(3)自発的意志による参加
第4章 ユニオン運動の新機軸─その方向・様式・文化
1 新しいユニオン運動
(1)労働相談活動と労働ボランティア
(2)労働相談活動からユニオン運動へ
(3)運動様式の改革
2 労働組合組織の改革方向
(1)個人加盟ユニオンの組織形態
(2)組織化と組合の組織構造
(3)労働組合の合併・合同
3 組合民主主義と運動文化の改革
(1)統治としての組合民主主義の確立
(2)運動文化の改革
(3)組織内部の「人と人との関係性」