これからの賃金
1950年岡山県生まれ。1974年東京大学経済学部卒業。1990年経済学博士(東京大学)。現在、明治大学経営学部教授。専門分野は、人的資源管理と雇用関係。近著に『同一価値労働同一賃金をめざす職務評価』(編著、旬報社、2013年)、『仕事と暮らしを取りもどす??社会正義のアメリカ』(共著、岩波書店、2013年)、『個人加盟ユニオンと労働NPO??排除された労働者の権利擁護』(編著、ミネルヴァ書房、2012年)ほか。
これからの日本の賃金には、日本で働くすべての労働者の均等処遇をめざす賃金制度が必要であること、その賃金制度は「範囲レート職務給」が中心になるはずであって、それに必要な職務評価は「同一価値労働同一賃金」の考え方で実施すべきこと、これらを私は本書で主張したい。
この主張は「日本で働くすべての労働者」の側に立った主張であって、彼ら彼女らの望ましい労働と生活のための主張であると、私は思っている。そして、その派生的な効果として、日本企業と日本経済を成長させる主張であると、私は思っている。
「日本で働くすべての労働者」の意味を明確にしておきたい。この言葉は、たとえば、正規労働者だけでなく非正規労働者も、男性労働者だけでなく女性労働者も、日本人労働者だけでなく外国人労働者も、これらのすべての労働者を含むことを意図している。これらのすべての労働者の均等処遇をめざす賃金形態が必要だと、私は主張しているのである。逆にいえば、正規の、男性の、日本人の、労働者だけを念頭においた主張ではない。「彼らだけの均等処遇」らしきものをめざすのではない。もっとも「彼らだけの均等処遇」とは、形容矛盾の言葉であって無意味なのだが。
賃金制度を議論した文献は、これまでにも、数え切れないほど多数が公刊されてきた。それらの文献のほぼすべての特徴は、事実上、「正規の、男性の、日本人の、労働者」の賃金制度だけしか議論の視野に入れないことであった。彼らの賃金制度だけについて、その欠陥はどうこうとか、今後はこれこれでなければならないとか、このように改革すべきだとか、さまざまに議論され主張されてきた。経営者側に立つ文献はもちろんのこと、労働者側に立つと主観的には思っているらしい文献もまた、ほぼ例外なく、この特徴を共有してきた。しかし現在の日本では、このような限定つきの議論は、労働者側に立つ主張としては、致命的とすらいってよい欠陥だと思う。本書では、この欠陥を克服する努力をする。そうすると、これまでの文献とは違った現状認識を、そして主張を、本書は提示することになる。
第1章 日本企業における賃金制度改革の動向
1 非正規労働者の職務基準雇用慣行と時間単位給
2 時間単位給の範囲レート職務給への近似化
パートタイム労働者の能力開発施策
エコス社?もっとも精緻な能力開発施策の例
スーパーモリナガ社??分解した課業をそのまま人事査定の評価項目とする例
3 正規ホワイトカラー労働者の賃金制度改革
「成果主義」言説
「コンピテンシー」言説
職能給「神話」の復活
役割給の普及??範囲レート職務給への接近
4 正規の生産労働者の賃金制度は?
Column 小池和男「知的熟練」論の研究不正疑惑
第2章 賃金形態の分類を考える
1 「賃金形態」という言葉
「賃金体系」と「賃金形態」
「仕事給」と「属人給」の大分類の廃止
2 賃金形態と雇用慣行の対応関係
3 賃金形態の分類表
属人基準賃金と職務基準賃金
年功給??属人基準賃金(1)
職能給??属人基準賃金(2)
職務価値給と職務成果給
職務給??職務価値給(1)
職務価値給の労働協約賃金??職務価値給(2)
時間単位給??職務価値給(3)
個人歩合給・個人出来高給??職務成果給(1)
集団能率給??職務成果給(2)
時間割増給??職務成果給(3)
賃金形態から日本の賃金制度改革をみる
Column 電産型賃金体系
第3章 賃金制度改革の背景??一九六〇年代型日本システムの成立と崩壊
1 一九六〇年代型日本システムとは
日本的雇用慣行と非正規労働者の必要
男性稼ぎ主型家族からの労働供給
おたがいに必要とする結びつき
歴史上でかぎられた成立
高い経済効率性と高い差別性
2 一九六〇年代型日本システムの崩壊と労働者への影響
存続する根拠の喪失
崩壊の一現象??非正規も正規も労働者の階層分化がすすむ
労働者にとっての問題
Column 3歳までの子どもを持つ母親の就業
第4章 新しい社会システムにむけて??同一価値労働同一賃金をめざす賃金制度を
1 新しい社会システム?「職務基準雇用慣行」と「多様な家族構造」の組み合わせ
職務基準雇用慣行とは
新しい社会システムの利点
米国の賃金制度が日本の賃金制度に近づく?という誤った主張
2 同一価値労働同一賃金をめざす職務評価
国際的な発展史の素描
日本における研究開発
現在の日本における到達点??自治労職務評価制度
3 これからの賃金と社会的規制
手前の一歩から
企業内労働組合への期待
Column 米国の人事管理担当者と雇用関連訴訟
あとがき