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『地方に生きる若者たち』が日本労働社会学会年報で紹介されました。
2019.10.29
地方に生きる若者たち
インタビューからみえてくる仕事・結婚・暮らしの未来
【あとがき】
2008年から2016年にわたり地方圏の若者調査を重ね,ようやく本書の刊行にこぎつけたことにほっとしている。4つの県内各地で7回にわたる聞き取り調査をし,132名の若者から仕事・結婚・暮らしに関して詳しい話を聞くことができたことは貴重な体験だった。若者たちの語りには,20年におよぶデフレ状況がくっきりと反映していた。
近年雇用は回復しているが,回復したのは大都市であり,多くの地方では就職難が続いたままである。所得は全国的に伸び悩んでいるが,都市と地方の所得格差も拡大している。「失われた20年」は雇用問題だけでなく少子高齢化と人口減少化の時代でもあった。とくに地方圏では深刻だった。そのうえ,ますます少なくなる若者たちが,安定した仕事に就けず,将来の見通しのある生活基盤を築けないという皮肉な構造が地方圏に広がっていた。
私たちの関心は,若者たちの仕事・結婚・暮らしがどうなっているか,地方圏の未来と,その担い手としての若者の人生に明るい展望があるのか,ないとしたら何が必要なのかを明らかにすることだった。
若者の暮らしを包括的に捉えるという研究手法
10年間にわたる共同研究を通して私たちが共有したのは,若者の仕事・結婚・暮らしをとりまく経済社会の変化,学校・親・友人といった社会関係の変化を包括的に捉え,地方圏の若者の生活を支える施策を探るというスタンスが重要だという視点であった。また,アカデミズムの世界に閉じた研究ではなく,解決の方法を模索すること,つまり社会政策的視点を共有していたことだといえるだろう。
このような研究方法は,近年の諸分野の研究の特徴とも合致している。近年の社会科学研究は狭い専門分野を越えて,異なる専門分野のメンバーによる共同研究の有効性が高まっている。私たちの研究チームもまさにそれであった。研究メンバー9名の専門分野は異なる。住んでいる場所も広く離れた地に分散している。所属する大学も首都圏と地方圏の複数の都道府県にあることから,相互の交流を通して日本の多様性と地域課題への理解を深めることができたと思う。
この調査のなかで地方圏は変わったと思うことがいくつかある。出会った若者たちは,私たちのインタビューでは標準語を使って話してくれた。標準語と地元の2つの言葉を自由に使い分ける姿に感心するほどだった。ファッションや振る舞いも都会との差がそれほど感じられない。彼ら/彼女らが休日に出かけるというショッピングモールは全国共通であるし,車で2時間も飛ばせば地方圏の大都市に出ることができる。高度成長期のような「東京に出たい」という憧れを抱く若者は少なかった。情報化とモータリゼーションは若者たちをすっかり変えたのである。それにもかかわらず,「仕事と暮らし」の点で,地方圏の若者が直面している厳しさには独特のものがあり,若者の将来に懸念を感じざるをえなかった。私たちが取り組もうとしたのはこの問題だった。
地方圏の実態に合わない雇用者型ライフスタイル
地方圏の若者問題の解決のためには人々の暮らしを成り立たせるこれまでの常識を転換する必要がある。20世紀後半の工業化時代を経て,人々の暮らしは雇用を通して成り立つものだという前提が確立した。大黒柱の夫・父が外で働いて得た賃金を中心に家族の生計が維持されるというライフスタイルである。若者に関していえば,学卒後は親から独立し,やがては自分自身の家庭を築くようになるという想定があったのは,「会社」に職を得れば生活は成り立つという前提があったからである。
このようなモデルは都市雇用者に特有のもので,小規模企業と自営業の多い地方圏にそのまま適応することは妥当ではなかったはずだが,これが社会標準として確立し,それを前提に社会制度は組み立てらた。「失われた20年」の中で,地方圏に限らず学卒後も独立して生計を立てるのが容易でない若者が増えたにも関わらず社会的支援が手薄なのは,「会社」が若者を守ってくれるという前提がいまだに続いているからといえるだろう。
若者の雇用状況がより厳しい地方圏にあっても同じことがいえる。実は,もともと地方圏の人々のくらしは,シンプルな雇用者型ライフスタイルで成り立っていたわけではない。とくに“失われた20年”を乗り切るために,人々はいわば生存戦略として,親子など身内が同居し,さまざまな仕事から得た収入を持ち寄って暮らしている。結婚後も同居することや近居することで,相互扶助の関係を維持しようとしている。もともと東北地方は三世代同居の慣習が強かったが,慣習としてだけではなく経済合理性のうえで,親子の同居が維持されている面がある。つまり,親族扶養が若者への社会的支援を代替しているのである。
もう少し説明を加えよう。日本の家族の動向をみると,子どもが成人に達すればやがて親から独立していくことが想定され家族理念ともなってきた。その一方で,欧米型家族とは異なり,親世代は「親として子どもにできるだけのことはしてやりたい」また「子どもには迷惑をかけたくない」という意識が一般化したのは親の所得水準が上がったことと親に対する義務を果たすことを余儀なくされた負の体験があったからだった。その反映として子世代は「親は自力で生活するだろう(してほしい)」,しかし「自分が困れば親は援助してくれるだろう」という意識をもつようになった。しかし,これらの意識は,環境条件によって変化する。労働市場が悪化していると同時に社会的支援制度が不十分な環境では,親子の相互扶助はきわめて重要な資源となっているのである。
若者のための社会的支援サービスは少ない
私たちが気づいたことのひとつは,地方圏の若者を対象とする社会的支援サービスが少ないということだった。不安定な就労から脱出するための試行錯誤を支援するサービスがほとんどない。たとえあったとしても有益な情報が若者には届いていない。本書を通じて言いたいのは,人生の基礎固めをするべきライフステージにある若者たちに役立つはずの,仕事,教育・訓練,結婚,住宅,地域移動,お金,健康,レジャー等に関する有益な情報を若者がいつでもどこでも得られる環境を作る必要があるのではないかという点である。とくに,先が見えない日々を過ごし,「限定された地域にひきこもる」ようなくらしをしている若者たちを生まないためには,若者の生活を丸ごととらえて相談に乗ったりエンパワーする場が必要だ。就労していても賃金が低かったり不安定であることに対して,それを補完する住宅手当または公営住宅,児童扶養手当などの補完的所得があれば暮らしは成り立つ。
個人化・孤立化する若者たち
私たちが気づいたもうひとつの点は,帰属する場や集団がなく,社会関係の広さや厚みが感じられない若者が少なくないことであった。つまり,若者たちは地元における若者集団を成してはおらず,個人化しているか孤立化していることだった。地域共同体の衰退は,かつて若者たちが担っていた青年団や消防団活動などを衰退させた。転職が多く不安定な雇用状態にある若者ほど,確固とした帰属先をもてない状態にある。地域社会の衰退と仕事の世界の弱体化が相まって,若者たちの安定した生活の場を衰退させているのである。
第8章で上野は社会教育の変遷をたどるなかで,「青年」「若者」の抱える課題が多様化し,個別分散化している状況においては,彼ら/彼女らと社会との結節点を新たに創造することを考える必要があると述べている。私たちは,地方圏に若者たちの自立を支える場や空間がないことを深く認識し,あらたな公共空間を創りだす必要があることを提言したい。
地域移動のチャンスを
最後に若者の地域移動の重要性を指摘したい。工業化時代には地方から大都市へ若者たちは大量に移動したが,その後は地域移動が鈍化している。私たちの調査では,進学,就職で地域移動するという選択肢をもたない若者たち,あるいは短期の旅行の機会にも恵まれない若者たちがいることが明らかになった。その一方で,親元から飛び立ち教育や就労の経験をもった後に地元に戻った若者もいる。これらの若者のなかには地元以外のネットワークをもっていたり,広い見識を身につけて地元で人生を切り拓こうとしている姿があった。ライフコース上で地元から離れる経験をすることの意味は大きいのである。
このことと関わる興味深い知見がある。オーストラリアのワーキングホリデー制度を利用する日本の若者についての静岡大学の藤岡伸明氏の研究である。対象としたのはノンエリート層で,国内の労働市場が閉塞するなかでそれぞれの理由からワーキングホリデー制度を利用して海外へ出た若者たちである。その研究から興味深い発見があった。ひとつは,国際的な雇用・労働システムが「若者の不満の爆発を未然に防ぐ安全弁」となっていたことだった。もうひとつは,ワーキングホリデーでの労働体験が「自己効力感の強化によって若者の就業意欲を回復させる再生装置」として機能している可能性があることだった。ワーキングホリデーから帰国した若者たちは必ずしも安定した仕事に就いているわけではないのだが,それにもかかわらず数年間の海外体験は若者たちに「何か」を与えていることはまちがいないというのである(藤岡伸明『若者ノンエリート層と雇用・労働システムの国際化―オーストラリアのワーキングホリデー制度を利用する日本の若者のエスノグラフフィー』福村出版,2017年)。
私たちがインタビューした若者たちの多くは,仕事,地域移動,教育機会に関する豊かな情報を得ることなく,異文化との接触も限られていた。その点で,藤岡氏のワーキングホリデー研究の知見は示唆に富んでいる。高度経済成長期に若者の多くが故郷を捨てて都会をめざして移動したことを必ずしも肯定するわけではないが,若者たちの暮らしが外に開かれ,いつでも広い世界を体験できることや広い視野を培うことは重要である。それは郊外のシッピングモールの客として,全国チェーン店やグローバルチェーン店を自由に出入りすることで代替できることではない。
社会的孤立化は,「自分あるいは自分の属する集団や場を越えたところにある事柄に対する無関心」と密接に関係している。そのことが,地元への無関心,主体的参加意欲の喪失に結びつくとすれば,若者たちは地元の担い手とはなりえない。「地方の時代」を実現するには若者たちが確実な生活基盤を築き,社会関係の広さや厚みをもった主体として成長できることが必要である。本書を通してこのような問題意識を伝えることができれば私たちの研究はむだではなかったと思う。第1章 「地方消滅」は若者の生活をどう変えたのか
1 地方圏から若者が消滅しているのは本当か?
2 若者政策の展開と課題
3 若者の地元志向と社会関係資本
4 地方圏で暮らす若者への社会政策
【コラム】地方圏の若者は都市へ出るべきなのでしょうか?
第2章 若者の自立に向けて家族を問い直す
1 「成人期への移行」の道のりとは?
2 不安定就業のなかで経済的自立に向かう
3 安定就業世帯の若者と親
4 多就業世帯の若者と親
5 自営業を主とする世帯の若者と親
6 リスク世帯の若者と親
7 地方圏の若者の自立過程の実像
【コラム】2000年代社会学における若者研究
第3章 地方圏の若者はどのようなキャリアを歩んでいるのか
1 若者の雇用問題
2 地方圏の若者のキャリア
3 若者の転職の要因
4 地方圏の若者のキャリアの特徴
5 地方圏の若者のキャリア支援の課題――結びにかえて
【コラム】若者たちの“仕事のやりがい”をかなえるために
第3章補論 自営業という選択に立ちはだかるもの
第4章 若者が地方公共セクターで働く意味
1 制度によって創り出される雇用
2 労働市場における公共セクター
3 地方圏における公共セクターの労働条件
4 非正規公務員として働くこと
5 公務以外の公共セクターにおける働き方
6 キャリア形成を支えるために
【コラム】「生存のためのライフコース」を脱する
第5章 仕事と結婚をめぐる若者たちの模索
1 晩婚化・未婚化は何をもたらすか
2 若者の移行期と結婚・家族形成
3 「結婚ばなれ」の実相
4 そして,模索は続く
【コラム】若者の移行期研究が切り拓いた歴史的視野
第5章補論 結婚支援がもたらす成果とは
第6章 学校社会は地方と向き合っているのか
1 社会の「個人化」「私事化」と自己責任イデオロギー
2 高卒後の進路分化と地域移動
3 若者の地域移動問題と生き方選択
4 学校教育(進路指導・キャリア教育)の課題
【コラム】困難を抱える若者を支援する意義
第7章 社会教育の変容が若者たちにもたらしたもの
1 社会教育と青年教育の変容
2 青年・若者の自立に対する社会教育の諸問題
3 地域圏における青年・若者の自立の諸相
4 地方で暮らす「若者」の自立と社会教育
【コラム】子ども・若者にとっての空間
終章 若者が地方圏で働き暮してゆくために
1 地方圏の若者の自立の課題
2 若者にたいする支援政策の特徴とその問題点
3 地方圏の若者にたいする支援政策の課題
4 若者が地方圏で生きるための仕組みづくり
5 むすび
あとがき