調査報道ジャーナリズムの挑戦 (―市民社会と国際支援戦略)

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花田達朗+別府三奈子+大塚一美+デービッド・E・カプラン

A5並製/199頁
定価 本体1,700円+税
発行日 2016年11月25日
ISBN 9784845114856 C0036

調査報道とは何か? 市民社会にとってなぜ必要なのか? 
権力を監視し、国境を超える社会問題を解決するために! 
市民が直接支える調査報道の新たな非営利モデルと、
広がる記者養成の国際ネットワークを構築する。

著者紹介

花田達朗(はなだ・たつろう)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。同大学ジャーナリズム研究所長。東京大学大学院情報学環教授を経て、現職。専門は社会学、メディア研究、ジャーナリズム研究。ジャーナリスト養成教育も行なってきた。著書に『公共圏という名の社会空間-公共圏・メディア・市民社会』(木鐸社)、『メディアと公共圏のポリティクス』(東京大学出版会)など。

別府三奈子(べっぷ・みなこ)
上智大学大学院修了(博士 新聞学)。現在、日本大学大学院新聞学研究科/法学部教授。日本と米国で10年ほどメディア制作の現場に携わった後、研究職。専門は、米国ジャーナリズム規範史、フォト・ジャーナリズム研究。記憶と記録とジャーナリズムの関係性を、国際比較研究している。主著『ジャーナリズムの起源』(世界思想社)ほか。

大塚一美(おおつか・かずみ)
上智大学大学院修了(博士 新聞学)。『記者の取材源秘匿に関する研究』で博士号を取得。現在、山梨学院大学、成蹊大学等で非常勤講師。専門は情報法、メディア倫理法制。大学時代よりジャーナリズム活動に関わる法律に関心を持ち研究を続ける。共著に『表現の自由とメディア』(日本評論社)、共訳に『スノーデン・ショック』(岩波書店)など。

デービッド・E・カプラン(David E. Kaplan)
世界調査報道ジャーナリズムネットワーク(GIJN)の会長(Director)。調査報道ジャーナリストとして30年以上のキャリアがあり、20数カ国から報じ、25以上の賞を受賞した。1980年代から非営利ニュース組織のモデルの開発に従事してきた。2000年代にはCenter for Public Integrity(CPI)の編集担当理事やInternational Consortium of Investigative Journalists(ICIJ)の会長(Director)を務めた。

「はじめに」より

1 Investigative Journalismという言葉
 「調査報道」という日本語には不完全さが付きまとう。冒頭から本書の中心概念の言葉に疑問を呈するのは恐縮ではあるが、まずは次のエピソードを紹介したい。これは早稲田調査報道プロジェクト(WIJP)の編集長に就いた渡辺周さんがかつて数年前に朝日新聞で調査報道を担当していた頃の話として、彼から聞いた母親との会話である。
 母親「あなた、最近、何をやってるいるの?」
 息子「いま自分がやっているのは調査報道というもので、いままで
     のとは違うんだよ。」
 母親「えっ、あなた、いままで調べないで記事を書いていたの? 記
    者が調べて記事を書くのは当たり前のことじゃないの? 何が
    いままでと違うの?」 
 おそらくこれが一般の人々の語感であろう。「調査報道」と聞いたら、変な言葉だなと思う人々が大半ではないだろうか。そこが問題なのだ。仮に「業界」の人々には業界用語として分かっていたとしても、一般の人々に理解されていなければ、人々からの支持が得られるとは考えられない。
 では、その「業界」の人々の理解はほんとうに大丈夫か。かなり危ういのではないか。日本のメディアのニュースは多くが首相官邸、省庁、警察、業界団体、大手企業などの記者会見やプレスリリースが情報源で、「発表ジャーナリズム」と形容されてきた。そうではないものとして「調査報道」が位置づけられ、それは記者が記者会見や記者クラブに依存せず、独自に調査して記事を書くものだという理解が一般的ではないだろうか。自分で情報収集して、つまりリサーチして記事を書く。したがって、情報公開請求を使うなどして、どのようにして自分で情報を収集するかが課題となる。もしそうだとするなら、そういう「調査報道」は「リサーチ報道」であり、「リサーチ・ジャーナリズム」だと言えよう。日本の記者やOB・OGで、そう考えている人は少なくないようだ。情報公開請求を悪用している人さえいる。
 ところが、英語で言っているのは、Investigative Journalismである。リサーチではなく、インベスティゲーションである。どちらも日本語で「調査」だとするならば、両者を区別することはできなくなる。果たして、インベスティゲーションとはリサーチのことではない。英語の辞書の助けを借りれば、語源として「in-(中に)+ -vestig(足跡をたどる)+ -ate(…する)=中に入って足跡をたどる」と書いてある。インベスティゲーションとは、シャーロック・ホームズや「名探偵ポワロ」のような探偵が謎の中に入って、真実を明らかにしていくことであり、「はやぶさ」のような小惑星探査機が未知の領域に飛んで行って、データを集め証拠となるサンプルを回収してくることである。つまり、日本語の探査、探索、探求などに近い。「調べる」よりも「探す」のである。
 他方、「報道」という言葉にも問題がないわけではない。「報道」とは日本のメディアの歴史と現実を反映して日本独特の意味が付与されている。その独特さ(「客観報道」)に目をつぶったうえで言えば、その日本語「報道」に相当する英語はreportingだと言える。これは、着想から始まり、下調べ、情報源へのインタビュー、記事執筆、編集、発表に至るまでの全工程を指していると考えられる。この「報道」とジャーナリズムとは同じ意味ではない。ジャーナリズムはあくまで「イズム」のことだ。
 以上のことを踏まえつつも、私たちは日本で「調査報道」という言葉がすでに一定程度定着しているという現実と実績を無視することはできないという理由で、それに席を譲り、妥協することにした。現場ですでに使われていることを優先し、尊重する。つまり私たちもその言葉を使い続けていく。けれども、その意味内容については強力に再定義していきたい。用語としては、investigative reporting を「調査報道」とし、investigative journalismを「調査報道を手法とするジャーナリズム」とする。私は個人的には「探査ジャーナリズム」がいいと思っている。その調査報道とは何か、その目的は何か、それはどのような方法論で成り立つのかは、本書と同時に旬報社から刊行される、マーク・リー・ハンター『調査報道実践マニュアル―仮説・検証、ストーリーによる構成法』(高嶺朝一・高嶺朝太訳)を参照していただきたい。
 ちなみに、漢字圏の台湾では「調査報道」とは表記せずに、「深層報道」と表記している。つまり、日本語の表記は採用されていない。これはin-depth reportingの訳であろう。in-depthは確かに一つのッ重要な要件である。このやり方に倣えば、「深掘りジャーナリズム」となろう。

2 日本でもこのムーブメントを
 今日どこの国でもジャーナリズムは問題を抱え、社会的な機能を十分に果たせず、分別ある公衆(読者・視聴者)を満足させることができず、批判されている。そして、世界は矛盾に満ちていて、不幸な人々がたくさんいる。ジャーナリズムはなす術がなく、無力なのか。
 そうした中で、ジャーナリストたちが再び立ち上がった。特に米国では社会とジャーナリズムの乖離がひどくなると、危機感をもつジャーナリストが「憂慮する市民」と連携して立ち上がるということを間欠泉のように繰り返してきた。今回は調査報道を旗印にして、非営利のニュース組織を結成し、ウェブ上で発信を始めた。権力の不正や腐敗、大企業や犯罪組織の悪行を探偵のように探求し、事実を暴露していくジャーナリズム活動である。それは世紀の境目の頃から一つのムーブメントへと成長し、今日ではそれがグローバルな広がりで展開されている。アジアの隣国では、韓国で2013年に、台湾で2015年に調査報道に特化した非営利ニュース組織が立ち上がり、ウェブ上で発信している。これはグローバルなムーブメントの一環であり、アジアから出された回答である。
 調査報道は、記者が独自に端緒を掴むところから取材を開始する場合、内部告発者から情報の提供を受けて、そこから取材を開始する場合、さらにビッグデータの時代にあって公開データの解析から不正の端緒を見つけて、そこから取材を開始する場合、そのデータをビジュアル化して提示することによって矛盾や不条理を明快に示し、事実に語らせる場合などさまざまな接近方法がある。後者では、今日、データジャーナリズムと調査報道ジャーナリズムはほぼ重なったものと考えられている。
 残念ながら、こうしたグローバルなムーブメントに日本のジャーナリストは立ち後れている。特に今日の日本の政治状況を見るとき、社会矛盾の深刻さを見るとき、日本のジャーナリストは何かを始めなければならないのではないか。

3 ナイーブな権力観を捨てて
 それを始める条件は何か。私は「ナイーブな(無邪気な)権力観を捨てること」ではないかと思う。「政府はそんなに悪いことはしないのではないか」「えらい人たちはちゃんと仕事をしていて、信用してもいいのではないか」という善良な気持ちをもつ人々は少なくない。しかし、それが利用されてしまうのである。人々がそうであってほしいという淡い願望とあからさまの現実は、残念ながら、大きく異なっている。そして、それは歴史および現在の事実によって証明されている。証拠も山ほどある。それから目をそらさず、それを忘れず、直視しなければならない。
 権力は腐敗し、不正を行なう。これが歴史の真実である。なぜか。それが権力の魔性だからだ。人間や組織は一旦権力を手に入れると、権力の座につくと、二度とそれを失いたくないと考える。なぜなら、自己の主張を容易に通すことができ、他者を従わせることができるという快楽を味わい、そして大きな経済的な利益も入ってくるからである。欲望の充足と経済的な利益、これらをもっと大きくし、できれば永続させたい。経済的な利益とは単にお金のことだけでなく組織の利益でもある。
 そこで権力をもった人間や組織は、それを維持するためには何でもやる。どんな代償でも払う。政府が平気で嘘をつく。たとえば「沖縄返還密約事件」。警察が事件をでっち上げ、捏造する。たとえば「志布志事件」。検察官が証拠を改竄する。たとえば「大阪地検特捜部証拠FD改竄事件」。単に知られていないだけのことで、間違いなく昨日も今日も権力は密かに腐敗し、不正を行なっている。いま、ジャーナリストにも市井の人々にも必要とされるのは権力についての逞しい想像力だろう。
 権力の横暴や暴走、腐敗や不正には必ず犠牲者や被害者がともなう。それはあなたかもしれないし、私かもしれない。「お上に間違いはない」と信じているナイーブな人、その当人かもしれない。全員が間違いなく対象者だ。だから私たちは誰でも「疑い深さ」を養わなければならない。権力を疑う習慣を身につけなければならない。それは健全な市民的教養の一部であり、それが社会を改善・改良・改革していくテコになる。
 日本のジャーナリストにも、残念ながら、ナイーブな権力観が見られる。権力への警戒心の薄い記者が少なくない。権力は鉄壁で、うわ手で、狡猾である。それだけ権力者、為政者は必死なのだ。それと対峙するには相当な覚悟と技が必要だ。調査報道ジャーナリズムはそこに明確な目的と方法論を提供するものだと言えよう。

4 本書の意義と構成
 調査報道ジャーナリズムのムーブメントが日本で起こってほしい、それを促す一石を投じたい、これが本書の狙いである。そのために次のような構成をとっている。
 第Ⅰ部で調査報道の存立条件を吟味し、日本における展望を開こうとした。第1章では市民社会と接続する形で、日本で調査報道ジャーナリズムを打ち出していくべきだと説く。第2章は調査報道の発生を米国のジャーナリズム史の中に位置づけ、その規範性を明らかにする。第3章は米国でも日本でも権力側が調査報道を強く制約する法整備をすでに構築しており、その不利な状況を見据えつつもジャーナリストに反撃していくことを求めている。
 第Ⅱ部では調査報道の国際組織GIJNのデービッド・カプラン会長がまとめた、調査報道組織のグローバルな状況とその成長を支援するための戦略を翻訳して、収録した。特に米国の大きな民間財団にもっと積極的に調査報道を財政支援するように訴えている。日本の財団や篤志家にも今後の選択肢を考えるうえで参考になるだろう。また、日本の一般市民にも調査報道を経済的に支えようという問題意識をもってもらうために参考になるだろう。
 本書が広く読まれることを願って、本書を江湖に送り出す。

主な目次

第Ⅰ部 調査報道ジャーナリズムの生成とその存立条件
第1章 なぜいま日本で調査報道か―ジャーナリズムとグローバル市民社会の接続
1 いま世界では調査報道のムーブメント
2 世界的ムーブメントの構造分析
3 世界から取り残された日本
4 日本に変化の始まりは来るか
5 市民社会とジャーナリズムの接続の再構築
第2章 ジャーナリズムの基盤構造と調査報道の水脈
1 社会の機能不全と調査報道
2 言論の自由:君主制から民主制への転換
3 プロフェッション:プレスからジャーナリズムへの転換
4 調査報道の系譜
5 日本におけるジャーナリズムの役割
第3章 調査報道ジャーナリストを阻む法的障壁―厚く高い日本の壁
1 障壁はすでに築かれている
2 米国で起きていることは日本でも起きる?
3 さらに深刻にする要素
4 日本のジャーナリズムは感度を高めて共に闘うべき
5 困難な状況に対処するための提言

第Ⅱ部 調査報道ジャーナリズムを支援する国際的戦略
・調査報道の世界地図
・非営利モデル
・持続可能なモデル
・ジャーナリズムスクールの役割
・基準と質
・観察と評価
・知見と推奨

◆『調査報道ジャーナリズムの挑戦』が東奥日報2016年12月7日に紹介されました。
詳細はこちらから東奥日報記事(PDF:570KB)

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